季節のたより

先日、林田サイロ(坂出市林田町)において、林田港に接岸したタンカーから、オーストラリア産小麦(ASW)を「林田サイロ」に搬入する様子を、県内製粉業者などに公開しました。この「林田サイロ」は、倉庫会社など11社の共同出資による「林田サイロ事業協同組合」が運営していて、吉原食糧も出資し、経営参画しています。

香川県の地元製粉会社として、吉原食糧は唯一、「サイロ事業部」を持って営業させて頂いています。
営業サイロ(1万2000t)は坂出港にあり、輸入小麦や大麦、米の保管・荷役業務を行っています。

坂出港の穀物を中心とした港湾機能の歴史はとても古く、四国の重要な穀物の荷揚げ・保管・備蓄拠点として昔からとても重要な港湾なのです。


【林田サイロ】

【吉原食糧:営業サイロ】

【ASWの荷揚げ風景】


うどんの主原料のオーストラリア産小麦(ASW)が入船する港湾は、中四国で坂出港だけです。それだけ坂出港は、昔からうどん用小麦の需要地にあるということでもあるし、大都市の港湾設備に比べて規模は小さいものの、穀物の保管と荷役(荷の受渡し業務)では、歴史と実績を持つ港と言えます。

ところで、当社が創業したのは、明治35年。その時代、吉原食糧は裸麦(大麦の一種)の加工もしていました。裸麦(大麦)というのは、日本で昔からいわゆる「麦めし」として食べられてきた穀物(正確にはイネ科)で、特に米が高価で庶民がなかなか口にできなかった明治〜大正〜昭和(戦前)の時代には、日本人の重要な食物でした。現在では、麦ごはん(お米に大麦を混ぜて炊く)に「とろろ」をかける「麦とろ」は人気ですね。
吉原食糧は、当時 陸軍指定工場で、兵士の食糧として裸麦を加工し、韓国、中国に向けて坂出港から輸出していました。

私が子供の頃、レンガつくりの一軒家くらいの大きなボイラと高さ15mほどの大きな煙突で石炭を焚いて蒸気を大量に作り、それを裸麦にかけてこれまた巨大なローラーで圧扁(あっぺん:押しつぶす)して、平たくして乾燥させていました。最近では、「押麦(おしむぎ)」として、食物繊維やカルシウム、カリウムが豊富なことから、健康性の面でも見直されていますね。
最近人気の「雑穀」製品の中に混ざっている、平たく白い小判状の真中に黒い筋(黒条線)が入っているものが大麦です。見たことがある方も多いのではないでしょうか。

今、(株)はくばくさんの「骨太家族」が大麦の製品としては有名ですね。はくばく=白麦の由来は、加工した大麦の真ん中にある黒い筋(通称:ふんどし....失礼 ^^;;)をきれいに取って、真っ白な麦に加工したことから来ているそうです。私の父も生前、(株)はくばくさんのその技術力には敬服していました。

【林田サイロの設備と能力について】
さて、林田サイロの保管能力は、小麦換算で3万6,400t。数字が大きくて量のイメージがわかないかもしれません。さぬきうどんに換算すると、大体2億5,000万杯分くらいです。あ、余計にわからなくなったかも。^^;;;;;まあ、サイロの写真を見て、その大きさを感じてください。

【輸入小麦の搬入】

まずは、搬入設備の紹介です。


【クラブ・バケット】 これで、穀物を掴みます。まさに、「カニのはさみ」。小麦なら約9t、大麦なら約8tを一掴みします。

【ホッパー】 クラブ・バケットが掴んだ小麦を受け、下に待つトラックに落とし込みます。

約2週間かけて、オーストラリアのクイナナから豪州産小麦ASWを運んできたタンカー「VOGE LENA号」

タンカーのハッチから、約9tの小麦を掴んで、ホッパーへ。

ホッパーから、トラックへ小麦を落とし込む。

満杯になったら、トラックはサイロの投入口(切込ホッパー)へ運びます。満杯トラックの後ろには、次のトラックが待っています。


さて...... タンカーが去り、元の静けさに戻った林田港。
静かな瀬戸内海の波の音と共に、ゆったりした時間がゆら〜りゆら〜り流れていきます.....
岸壁では、釣り人が何人も......瀬戸大橋と本島を前に、「今日は何が釣れるかな?」。
釣り人に聞くと、「チヌ」を狙っているそう。



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