【10】この2年間で見てきたこと
① 2006年秋より、国際小麦相場は異例の高騰。そして、”穀物の価値観”が変わった。
シカゴ小麦相場は、2006年9月頃より上昇傾向が見え始め、2007年5月より高騰し始め、2008年2月には1ブッシェル(約27kg)当り10$を超えて最高に達しました。上昇以前に比べ、2.5倍以上の高騰となったのです。
その理由は、過去のレポートに買いたように、米国での非食糧用途の始まり=バイオ・エタノールへの穀物の利用、グローバル・マネーによる穀物への大規模な投機、オーストラリア・欧州の一部の干ばつによる不安要因の発生などによります。
この間、2007年4月に新しく始まった輸入小麦売渡制度「相場連動性」によって、年2回(4月と10月)価格改定を行うことでスタートしました。(それまでは、年一回の米価審議会によって、小麦相場や消費者物価指数の動向などの算定によって政府が決定していた。) 新しい制度での価格の決定は「改定月の3ヶ月前から遡って、8ヵ月間の相場平均」というルールに沿って基本的に行われましたが、実際には政治的な判断から上げ幅が圧縮された「価格改定」が多く、実質は小麦銘柄平均60%の上げ幅で収まりました。詳しくは、過去のレポートをご覧ください。
2007年から2008年にかけて、食品製造業界では、ほとんど全ての輸入食品原料、食品素材が高騰し、食品末端価格も値上げされました。流通、卸、製品メーカー、納入業者間で厳しい価格交渉が行われ、中には同価格で内容量を減らす商品も増えました。特に、乳製品と油脂。小麦粉は、まだ食品に占める原価率が低いのでバターその他の油脂、食用油に比べると「まだまし」という2次加工業者(麺・パン・菓子店やメーカー)の声もありました。パン、クッキー、ケーキなどの中には、バター風味が抑えられた食味・風味になった製品もありました。 さぬきうどん店では、小麦価格の上昇に対して、1杯当り20~50円程度価格を上げる店が多くありました。この値上げには、ダシ用魚節、醤油、天ぷら油など材料の値上げも含まれています。
② 2007年4月より、タイムリーに導入された日本の「小麦相場連動制」。しかし…
穀物の国際相場が上昇し始めた頃の2007年4月に、タイミング良く導入されたこの「相場連動性」の輸入小麦売却制度は、少なくとも相場が高騰した中で、日本の消費者にとってはメリットのある優れた制度だったと思います。 なにぶん、国際小麦相場が200%以上に上がり、一部新興国では食品価格高騰に抗議して暴動が起きたほどなのに対し、日本では、2007.4月から2008.10月の間に60%程度の小麦価格の値上げですんだからです。小麦粉では、25kg/袋あたり約1000円、1kgあたり40円程度の値上げとなりました。
ただこのルールは正確には、長い期間(8ヵ月)の値上げ幅を平均化し、価格上昇を遅らせただけであって、価格を安く抑えたのではありません。つまり、激変を緩和するルールであり、言わば「価格変動の先伸ばし効果=均(なら)し効果」なのです。
ということは、相場が下がり始めた場合も(上がる場合と同じように)、輸入小麦の価格は直ぐには下がらず、少しずつ下がってくるということになります。
このことが、価格改定を行う去年(2008年)10月分をどう扱うかについて政治的に議論が起きました。おりしも衆院選が取り沙汰される時期、国会でも「小麦相場が下がり始めているのに、なぜ価格を下げられないのか」という問題提起がされ、今までのルールの意味と効果は横に置かれてしまい、「いかにはやく小麦の価格を下げるか」というテーマに政治的な関心が集中しました。 これに対し、製粉・食品業界からは、「国と業界で数年をかけて議論し定めたルールである以上、少なくともあと数年間は続け、この制度を評価・検証する必要がある。相場上昇の時だけ「均(なら)しの算定ルールを用い、下がる局面でそれを除外してしまうのでは整合性がとれないのではないか。」という意見が出ました。
結果的には、2008年10月に輸入小麦は、全銘柄が値上げ幅10%に圧縮されて上がったのを最後に、2009年4月の改定では、全銘柄平均で14.8%引き下げされました。 そして、この2009年10月1日の改定期、「算定期間をもっと短くして、相場の動きを小麦の販売価格に反映する」という案も出ている中、まだ算定ルール他を変更するのかしないのかも含めて、まだ9月20日時点で発表されていない状況にあります。
③ はたして食品の価格は安定した方が良いのか、変動した方が良いのか
日本の食品マーケットにおいて、「食品」の価格は、安定した方がいいのか、それとも世界の相場に合わせて安くなったり、高くなったりした方がいいのか? これは、外国への依存度が非常に高い日本の食品マーケットにおいて、大きな命題だと思います。この命題は、自国で食糧がまかなえる米国や、カナダ、オーストラリアの観点からは理解し難い問題ではないでしょうか。なぜなら、単なる「食品価格」が高くなる・安くなる、という購買の側面だけではなく、自給力の低い日本の食品市場においては「不足するかもしれない」というリスクがいつも背景にあるからです。
このリスクは、市場の状況によって価格が劇的に高騰してしまう危険性を持っていて、「変動=市場の自由にまかせる」ということであれば、相当な混乱を引き起こすことになるため、何らかの国の関与が必要となるでしょう。輸出国も、この2年の中で、自国の食糧を守るため 輸出制限あるいは禁止した国もあるのです。この辺りは、WTO(世界貿易機関)交渉においても、輸入国の立場が弱いところです。
この食糧の不足への懸念はこの数年特に強くなってきたもので、それ以前では現実のものとしてはとらえられてきませんでしたから、「食品価格が国際相場に連動する」ということには、今ほど抵抗なく、市場原理導入の観点から議論されてきた一面があると思います。
さて、「生活の基礎である食品の価格は安定した方が良い」ということは、普通誰しもそう思うでしょう。では、「消費者にとって、食品価格が変動することのメリット」とは何でしょうか。 2006年秋頃からの、世界的な穀物高騰より以前ならば、相場によっては食品価格が安くなることもあり、消費者にとってメリットがでる、という考えも可能でしょう。
しかし、今後「穀物(大豆・小麦・ロウモロコシ)」は中長期的に上げ基調になることは十分予想されるところです。その国際市場環境の中で、自給率が低い日本が相場に連動して価格を変動させるメリットはなかなか見つけにくいのではないでしょうか。 特に、2006年から2008年初頭にかけて起きた穀物高騰は今後も起きる可能性はあります。
このレポートの最初に書いたように、世界レベルで”穀物の価値観”が変わった今、投機や各国の食糧・エネルギーに関する国策の動向、干ばつなどによる不安要因、新興国の需要増大による需給バランスへの懸念など多くの要因によって、従来に比べて、はるかに相場は瞬時に大きく動く局面が増えることが予想されます。
では、食品の価格変動は、消費者にとってメリットがある、あるいは将来的にプラスになるのでしょうか?
この続きは、次のレポートで書きたいと思います。