うどんの話

うどんが一番美味しいのは、なんと言っても出来立て。つまり 茹で上がった直後ですね。 最近、讃岐で人気が急上昇した「ぶっかけうどん」メニューは、まさに茹直後のうどんを味いつくす”素朴”かつ”通”な食べ方でしょう。 つまり、生きているうどん(茹直後の麺の中の)を食べるということ。

讃岐うどんは昔から、麺の食味・食感を非常に重要視してきました。昭和30年代後半、私の幼少の頃、近くの日の出製麺所(坂出市)からうどん玉を買ってきて、ほぼ常時いつもうどんは家にありました。特に、土日に近所の製麺所へうどんを買いにいくのは、子供の仕事でした。製麺所に置いてある通(かよい)という判取り帳に、うどん玉の数を記入し、後でまとめて納品した小麦粉の金額と相殺していました。ほぼ「物々交換」状態。懐かしい商取引です。

自営業の家では、作業や仕事の合間に、ちょっとお腹がすくと、そのうどんに醤油と味の素を少し落として食べるという「おやつ」「間食」的な食べ方もしていたのです。 ですから、讃岐人にとっては、喫茶店にうどんメニューがあってもなんらおかしくはないとも言えます。 日本人標準の感覚からすると、ちょっと変ですが。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

では、なぜ茹で上がり直後が美味しいのでしょう。

うどんの美味しさの素は主に、小麦粉中の「たんぱく質」と「澱粉」から作られます。
澱粉が水分を十分含んで膨らみ、滑らかさともちもち感を醸し出す。
一方、麺の骨格を成す、鍛えられたグルテンが適度な弾力を示す。
この2つの物性の掛け合い。この複雑な食感を、私たち日本人は大好きなのです。


小麦粉中の澱粉粒は、92〜93℃の温度で約5.5倍に膨らみます。この膨らんだ澱粉粒を素早く、食する。あるいは、キュッと冷やして直ぐに食する。 この滑らかさ、もちもち感、そして澱粉のかすかな旨み。  

これに加えて、美味しさの秘密はもうひとつ。 麺の骨格は、たんぱく質の中のグルテニン、グリアジンという2つから成るグルテンという粘土状の物質によってできています。  

讃岐のうどん製法は、このグルテンをいかに上手く鍛えるか…これが”真髄の技”。 小麦粉に塩水を加え、団子を踏み座布団状にし、更に揉み込む。そして寝かし、頃合いをみて繰り返す。  

最初は、柔らかくなすがままだった団子がやがて、序々に押し返してくるようになるこの不思議。団子(小麦粉生地)は生きているのです。  
あまり、押す力を強く続けすぎても団子(小麦粉生地)はへたって弱ってしまう。頃合いをみながら、時間をかけて少しづつ 団子の中に存在する不思議な力を引き出すように、鍛えていきます。 特に、1950年代以前の讃岐うどんの原料小麦は、現在のようなオーストラリア産ではなく主に香川県産小麦(オーストラリア産小麦に比べ、たんぱく量が少なく、グルテン質も柔らかく伸張性がある)を使っていたため、特にこの「頃合い」「塩梅(あんばい)」感覚はとても大事だったのです。  

そうして、肌はツルツル、指で団子を押せば、その指跡が元に戻るくらいの弾力が生まれます。 昔の讃岐の手打人は、「フ(麩)がデケテ(出来て)きた」といってこの弾力感覚をとても大事にしました。  
このしなやかな弾力が、澱粉のもちもち感と合い重なった時。 この瞬間が、「うどんの美味しさ」の至福の瞬間です。  

柔らかすぎず、硬すぎず。 柔らかそうでいて、しかし押し返してくる微妙な弾力。 すぐに噛み切れるほど柔らかくないけれど、プツッとした硬さでもない。 そして、絹のようななめらかさ。 噛むごとに強まる、かすかに舌に乗る微妙な旨み。  

これが、讃岐うどんの<旨さの真髄>なのです。


うどんの話の記事一覧