うどんの話

前回、「水和」の話を書きました。
小麦粉の粒子に素早く水が浸透し、まんべんなく行き渡ることの重要性(生地全体に均一にグルテン質が形成される必要があるため)と、グルテンが形成され始める初期の段階で時間をおくことの重要性について書きました。

つまり、素早く水を小麦粉全体に含ませ、軽く練って(ミキシング)した後、そぼろ状になった生地を軽く固めて(ビニール等でくるんで)30分位寝かせると、グルテンが自然に結合展開して、弾力のある物性を持つようになります。
ここで、あまり時間をおかず機械的外力(プレスなど)を加えると、いわゆる手打ち独特の柔らかめな弾力が失われることが多いのです。

乾麺や冷凍麺製造など機械麺の製造では、工程管理上ミキシングの後、直ぐにプレス工程(圧延)に入る場合も多いのですが、この場合は、麺の製造の概念として機械生産という一貫した考え方の上で設計されており、その工程に合う小麦粉を用いています。

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さて、ミキシング(日本語では"混捏(こんねつ)")という工程は考え方として、
(1) 「水和」 ⇒ 小麦粉全体に水を(素早く)浸透させること
(2) 「練り」  ⇒ 生地を練ってグルテン(麩)を作り出すこと
の2つの機能に分けて考えるとわかりやすいと思います。

「混捏」という言葉は、食品加工では一般的に「粉体と液体を加えて練る」ことを指します。機械メーカーによっては、更に小麦粉生地を練って強度を出す機械に関して「混捏装置」と表現している場合もあります。要するに、「混捏」とは「混ぜて練る」ことを表わす総称です。

「捏(ねつ)」という文字は、私がこの業界に入った時、あまり見かけない言葉だなあと思ったことを記憶していますが、本来の意味は「捏」は手でこねるという意味です。手偏の右の部分は「粘(ねば)る土」、あるいは、ロクロで土器の形を整えることを指すなどの説があるとも聞いたことがあります。
因みに、良い意味ではありませんが、「捏造(ねつぞう)」にも使われますね。こね回して、格好だけを取り繕うことの意味なのでしょう。

実際のミキシング機械について、前回 (うどん作りの"極意"「水和」とは)で書きましたが、「水和」目的のものと、「練り」まで行うものと大きく分けて2種あります。

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さて、讃岐の手打ちの基本は、「足踏み」です。手打ちのコツが「足」とは妙ですが、これはとても大事な工程なのです。
実例でご説明します。小麦粉1kgに50%の加水をすると、小麦粉生地は1.5kgになり、手で団子にするのに程良い大きさになります。

この生地を良く踏んで鍛えましょう。例えば、3〜5分位踏んで座布団状にします。この時、生地がほぼまん丸になるように中心部からだんだん周囲に向けて、最初はカカトを使いながら、ある程度平坦になったら、カカトや足裏全体を使って踏んでいきます。中から外へ、生地の盛り上がりを押し出すように少しづつ、踏み込みます。

丸く座布団状になったら、以下のように織り込んで、また踏みます。


3分も踏めば、冬でも多少汗ばみます。夏場は、超汗だくになります。
生地を織り込んで最低3回(3分×3回)、うどんの弾力を更に出したいなら5〜6回位(3分×5〜6回)は踏み込むと、より弾力に富む、美味しいさぬきうどんになります。
1回の踏み時間3分を5分にしてもOK。結構 キツイですが。

計6回踏みの場合、連続でなくても、3回踏んで熟成時間を30〜1時間取り、更に3回踏むのも良いですね。グルテン質が鍛えられ、うどんの食感の弾力が良く出て、茹後の老化(時間が経つと弾力がなくなり、柔らかくなる現象)も随分遅くなり、つるつる滑らかで弾力感に富むうどんになります。

麺の骨格を成す、よく鍛えられたグルテンは、茹でると約5.5倍に膨潤(ぼうじゅん)する澱粉粒を麺内にしっかりと抱きかえて、自らも弾力のある物性を示します。このグルテン質の弾性と、澱粉質のもちもち感、粘り感の相乗効果によって、さぬきうどん独特の弾力が出るのです。

足ふみ時間を、1分位に短縮して簡易に仕上げることも可能ですが...さぬきうどんの弾力表現の面ではかなり劣ります。一度 その違いを、うどんを食べてみて比較してみるのも一興ですね。

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時々、うどんの製法について「あまり踏みすぎるとうどんが、硬くなってしまうので要注意」という内容を見かけますが、これは正しい表現ではありません。特に、さぬきうどん製法については。人間が踏むくらいでそう小麦粉生地はヘタることはないのです。生地の逃げ場のない機械によるプレス工程なら話は別ですが。

大事なことは、生地を鍛えたらその後、熟成時間をゆっくり取り、休ませること!つまり、その"鍛え"と"休ませる時"の加減が大切なのです。

実際、十分に踏み鍛えた生地を短時間の熟成の後、切り落として茹でると、プリプリの食感となり、小麦粉本来の食感が出ていないことに驚かされることがあります。

人間の筋肉と同じで、しばらく休めると硬直気味になったグルテン構造体が、緩和し徐々に柔らかくなってきます。足踏みという外力が加えられた「小麦粉生地の内部構造はいわば歪みが起きている状態」です。これを、「緩和」するには「"戻り"のための時間」が必要なのです。

冬場は3〜4時間(あるいは状態によってそれ以上)、夏場は温度にもよりますが、2〜3時間程度熟成させると、生地がより弾力性を持つようになります(夏場の高温多湿時には、変質・変敗に要注意)。熟成温度の理想は、18〜20℃位ですが、製造現場では夏場は25℃を少々越える位になる場合も多いです。

適度な熟成時間を経過すると、小麦粉生地は柔らかいが、押すと押し返してくる弾力を持つようになります。
その後、手で揉みこむと、更に弾力が出るようになります。要するに、頃合いを見なが
ら、鍛えてやるのです。そして、薄く麺棒で延ばして切り落としましょう。

よく踏み、熟成時間を十分の取ったうどんは、手軽に作ったものとは、茹後の老化(茹伸び)も格段の差がでるはずです。

この生地の鍛え方(踏み込み回数や織り込み方、揉み回数)や熟成時間の取り方によって、全く別物のうどんが出来上がります。同じ小麦粉から作っても、驚くほど違う食感になるのです。
だから、うどんは面白い。100人いれば、100種のうどんが出来あがるのが現実なのです。
自分なりに工夫して、自分だけのさぬきうどんを作りましょう。

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それから、熟成時間を長くとるために、宵練り(よいねり)という方法もありますが、この場合はグルテン質がかなり伸張性に富み、うどんの食感的には粘い感じになり、歯切れの良さとか弾力感には欠ける傾向があります。
麺も角が立つのではなく、やや丸味を帯びます。ただ、この良し悪しは好みの問題も含むので一概には言えません。
麺の色調は、ややくすみが出易く、一般に旨味があるうどんと言われるものほど、変色度合が大きい傾向にありますので、麺の色調を重要視する人は、変色度の低い特性を持った小麦粉製品を選ぶことが必要です。
この宵練りの生地を使って、面白い食感のうどんを作ることができるのですが、それは又の機会にしたいと思います。

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先日、ネットショップご利用の方から「生地が硬くて伸びにくいのですが、何か改善策は?」という内容の質問がありましたが、まず前述の熟成が必要なのです。

それでもまだ硬いようでしたら、次から前述のように加水を1〜1.5%位多めに入れてみてください。
又、早朝や冷え込む作業場では小麦粉生地は硬く締まりがち。踏み工程の後は、ビニールなどで包んで、暖かい部屋へ移して序々に生地温を上げながら休ませると良いでしょう。

ということで、皆さん、最高に美味しいさぬきうどんを打ってくださいね。


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